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大学オンライン授業に関する調査報告・討論会「文教領域デジタルトランスフォーメーション(DX)化の現状と今後の展望」

サイオステノクロジーではオンライン授業を導入した大学・大学院にヒアリング調査を実施。調査結果を交えながら、教育機関におけるDX化の課題や現場での取り組み、将来の展望などをお伝えするイベントを2020年12月4日に開催しました。遠隔授業をテーマとしたパネルディスカッションを振り返ります。

ピープル2021年1月20日

コロナ禍で本格化したオンライン授業

政府が緊急事態宣言を発したのは、2020年4月7日のこと。サイオステクノロジーがヒアリング調査した大学・大学院のうち約9割が、「新型コロナウイルス感染症拡大を機にオンライン授業を実施」と回答しました。4月は前期授業の開講時期と重なり、その前後に学内システムを急ピッチで整備したことがうかがえます。

今回の討論会ではサイオステクノロジー 上席執行役員の黒坂 肇がモデレーターを務め、オンライン授業に取り組まれた大学からパネリストとして、茨城大学 全学教育機構総合教育企画部門の嶌田敏行先生、九州大学 情報基盤研究開発センターの岡村耕二先生、皇學館大学 教育開発センター長の齋藤平先生にご参加いただきました。

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写真左から 茨城大学 嶌田敏行先生、九州大学 岡村耕二先生、皇學館大学 齋藤平先生

九州大学では前期の開講が5月連休明けになり、その間にオンライン授業の準備を進めました。同学のICT環境を整備・提供する情報基盤研究センターに所属し、講座を受け持つ岡村先生は、「オンライン授業の進め方については、国立情報学研究所が実施するセミナーなど外部の知見を参考に工夫しました。幸い学内にオンライン授業に詳しい先生がいて教員にポイントを教えてくれたのも効果的でした」と述べました。 

茨城大学では2020年4月から、学生が個人所有のパソコン持参で講義に臨むBYOD(Bring Your Own Device)の全学導入がスタートするタイミングでした。「PCを用いた遠隔授業の準備は比較的早い段階から着手できました」と述べるのは、同学のIT基盤センターと連携して遠隔授業の整備をした嶌田先生です。授業にはMicrosoft Teams*1を利用しています。「本学のキャンパスは水戸市、日立市、阿見町の3カ所に分かれています。教員間の打ち合わせにオンラインミーティングが可能になったことでリアルタイムでの情報共有がやりやすく、参加者の一体感が得られるメリットがありました。また、本学の全学教育機構では、5学部の学生を対象にさまざまなアンケート調査を実施しています。把握した声を速やかに現場にフィードバックして講義の改善に役立ててもらえるように努めました」

三重県伊勢市にある皇學館大学では、LMS*2(Learning Management System)のmanaba(まなば)を利用しています。「他大学で別のLMSを利用する非常勤講師の方々への本学システムの使用方法に関する説明や、授業の進め方に関する共通認識の醸成が難しく感じたところです。とはいえITが苦手といわれる文系の教員たちも対応できたので、世の中のデジタル環境がだいぶ使いやすくこなれてきたと思います」と、教育開発センター長として全学のオンライン利用を取りまとめた文学部国文学科所属の斎藤先生は振り返ります。皇學館大学では、90分間の講義を30分ごとに分け、それぞれ初めの15分間に授業を行い、その後小テストや課題に取り組み、意見交換を行う、というパターンを基本に授業を組み立てています。

オンライン授業で見えてきたこと

── オンライン授業に対する学生の反応は、どうでしょうか。

嶌田先生:茨城大学が前期の半分を終えた頃に実施したアンケートの調査結果では、約75%の学生がオンライン授業に対する学習に満足し、約96%の学生が、強い不満がないと回答。「通信回線が途切れる」「授業の進め方についていけない」など指摘もありましたが、学生の理解度、満足度、学習時間などは前年を上回りました。「GPA(Grade Point Average:履修科目の修得単位数だけでなく成績を加味して評価する方法)でも前年と比べて高いことがわかりました。しかし、今年度の一年生は入学式とオリエンテーションがなく、友達を作るきっかけが作れなかった。そのために、授業でわからないことをすぐに誰かに尋ねられない辛さもあったようです」

齋藤先生:皇學館大学では感染症防止策を徹底しながら、2020年6月から対面授業を再開しました。「4月から6月までの間、オンライン授業をしっかり受けた学生は知識の定着率が高くなりました。反転授業(オンライン授業で知識を事前に身に付けた後で質疑応答や意見交換を行うブレンド型学習形態)としてうまく機能したのではと考えています」

岡村先生:「対面授業か、オンライン授業かを問わず、学ぶ意欲のある学生は授業に出席したり質問したりと積極的ですね。ただし、講義形式の学習到達度は総じて高いものの実験や演習といった、学生同士でディスカッションしたり、教えあったりすることが適した授業は前年に比べて伸び悩む傾向がありました」と課題も浮かびました。

また、録画した講義映像コンテンツを配信し、いつでも学生が試聴できるオンデマンド型の授業の場合、コンテンツを試聴せずに、小テストや課題だけ提出して単位を修得しようという学生が少なからずいたことは、多くの大学に共通する悩みでした。

齋藤先生:「ただしコロナ禍でも、学生たちが自主的にさまざまなツールなどを駆使して、お互いに授業の知識を高め合うのであれば、それはアクティブラーニングやグループワークの理想形です。学生たちがこちらの予期しない進化を遂げているとの見方もあります」

むしろオンライン授業だからこそ積極的に授業参加する学生もいます。たとえば、「人が多いところにはいけない」「繊細な質なので指導の際に大きな声を出さないでほしい」「通路側でないと授業が受けられない」といった感覚が鋭敏な学生はオンライン形式がかえって性に合っているという指摘がありました。

反対にコミュニケーションに長け、外交的な性格の学生は「ストレスが溜まって辛い」、とも。コロナ禍では一人ひとりをケアするプログラムがより大切になっているようです。

これからの大学の役割、学ぶことの未来

予断を許さない新型コロナウイルス感染症ですが終息に向かうとしても、ハイブリッド型の遠隔授業や、デジタルコンテンツを活用した反転授業は引き続き実施したい、という意見は共通しました。

嶌田先生:「遠隔授業の導入は不幸な出来事から始まりましたが、授業コンテンツのデジタル化が思いがけず進み、それらを今後予習に活用してもらうことで、『知の提供は授業前に、授業は知の活用をする場』というような授業の質的転換を図っていこうということで検討が進んでいます」

齋藤先生:「地方の大学にも優れた研究者がいます。学生が大学を選択する際の基準は主にこれまで、入試の偏差値や研究費の多寡などでしたが、大学側がきちんと情報発信すれば教育の中身で勝負できる時代はむしろチャンスだと捉えています」

オンライン授業を前提としたICTツールも登場しています。たとえば、音声や映像を配信する際に字幕を自動的につけるツールは聴覚障害者や留学生、海外からオンライン授業を受ける学生に役立ち、多様な学びを可能にします。将来的にはVR(仮想現実)技術などを利用した実験・実習分野の授業支援に期待するパネリストの声や、オンライン授業と対面授業における学習成果が変わりないことが合理的に説明できれば両者の差は実質的になくなるだろう、という指摘もありました。

大学は、若い人に出会いとコミュニケーションを通じた成長の機会を提供するほか、生涯学習やリカレント教育*3の観点から、地域に根差した教育・研究機関として、社会人、高齢者にも学習機会を提供していく場として注目されています。

すでに大学間での単位互換制度や履修証明プログラムは存在していますが、修得単位数に上限があるなど、まだ対面授業を前提としている観が否めません。もっとオンライン授業にも対応させることで、誰もが主体的に学び続けられる新しい世の中になっていくでしょう。

サイオステクノロジーは、教育機関におけるDX化の課題について、今後もデジタル技術を活用して積極的に取り組み、関係者に役立つさまざまなテーマを取り上げ、引き続きパネルディスカッション討論会を開催していきます。

*1 Microsoft Teams(チームズ)
マイクロソフト社が提供するコミュニケーションプラットフォームであり、Microsoft 365アプリケーションの一部。

*2 LMS(Learning Management System)
eラーニングの実施に必要な学習教材の配信を行ったり、学習進捗や成績などを統合して管理したりするシステムのこと。

*3 リカレント教育
義務教育または基礎教育の終了後、生涯にわたって、教育と他の諸活動(就労や余暇など)を交互に繰り返すことでスキルを高め続ける教育システムのこと。

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